ちょっと不思議なショートショート

10秒から10分の間に読めるSF短編を淡々と上げていくブログです。

テレポート反対派

 バスに揺られて、窓を見る。

 曲線美の世界。

キノコ型のタワーマンション。一本足のテレビ塔

蜘蛛の巣のように張り巡らされた横断歩道。

 カーボンによる第三次技術革命を経た町は、平面の世界から解放され、不規則で混沌と、所狭しと、宙を占拠した。最早、鳥の入り込む隙間はなく、代わりに、AI搭載ドローンが、生物には許されぬ精密な軌道で、町を潜り抜けていく。

 暗い。

 道路という先時代の産物が、高騰した日照権を得られる訳もなく。カーボンの森の日陰に、死骸のように横たわっている。

 この惨めな道が、そこを走る錆びたバスが、自分の行く末を暗示しているような……。

俺は憂鬱になる。

 

 パーティーの招待状が来たのは、一週間前の事であった。主催者は、父の古くからの知り合いだ。このご時世には珍しく、移動手段にバスを指定していた。恐らく、自動車会社の社長である父を気遣ってのことであろう。しかし、父の予定は合わなかった。

 「口惜しい」

 重たい声で言う父の目には、クマがあった。

 その姿には、昔の恰幅の良い男の面影はない。皺だらけの顔に、白髪の多い頭、枯れ木のような体躯、その癖、ポマードで髪を塗り固めている。衰弱と虚飾が入り交じった、没落貴族と呼ぶにふさわしい風貌だ。

 「お前……行ってくるか?」

 ゆっくりと瞳孔をこちらに向ける。

 「お前は、この会社を継ぐ人間だ。彼にも一度、顔を見せておいた方がいい」

 呪いの言葉を吐いた。沈み行く船の舵を任せると、そう言う。

 「わかったよ、父さん」

 俺は頷く。呪いから逃れることはできない。

 

 近年、発明されたテレポートは、瞬く間に、世界の交通事情、そして、流通事情を一変させた。

 車、船、電車、飛行機

 全て淘汰された。

 車会社を経営する我が一家も、例外なく、技術革新の波に飲まれた。

売れ筋だった電気自動車とハイブリッド車の生産中止。重鎮を含む社員達のリストラ。全国の自動車工場の閉鎖。低所得者向けの超小型車生産の一本化。

 肉をそぎ落とし、骨になってもなお、沈没の未来は避けられない。

 父は、日に日にやつれた。

 (ああ、家のことを考えるのはいけない。……今日はパーティーを楽しもう)

 俺は暗い思考を振り切って、無心に窓の外を眺めた。

 バスは騒々しい町を抜けて、のどかな田園を走っている。

 「良い景色だ」

 隣席の通路沿いの男が言った。

 シルバーのスーツに身を包み、髪は真っ白なライオンヘア、さらに長く白いヒゲを顎に蓄えている。

 「……テレポートでは、この景色は味わえないな」

 男はしみじみと言う。

 「そうですね」

 俺は、窓を見ながら、愛想返事をした。

 「テレポートなど使う奴の気が知れない」

 憎しみのこもった口調に、俺はギョッと男を見る。

 彼の目は濁り、焦点が合っていない。凶人の形相であった。

 「……私は昔、政治家だった。そして、子供は二人いた。弟は勉強が出来たが、兄は勉強が苦手でね。いわゆる鉄道オタクで、鉄道のことしか頭にないんだよ。……だがね、できの悪い子供の方が可愛いという風に、私はね、弟より、兄の方が可愛かった」

 男は、俺の肩に話しかけている。

 「兄は死んだよ、一週間前に。鉄道会社に勤続20年、汗水垂らして働いたが、クビを切られるのは一瞬だった。……心配で部屋を訪ねたとき、首を吊っていた息子を見つける。……私はね、七十年生きてきたが。この世にこれほど悲しい出来事があるとは、想像できなかった。息子に先立たれるのが、こんなに悲しい事だとは、思わなかった」

 男は、唾を飲む。

「……私は、一人の政治家として、復讐をやり遂げてみせるよ。テレポートという、ふざけた技術が、この国にのさばることを許した政治家どもを、一人残らず、政界からたたき出す」

「……」

男の目の焦点はやはり合って居ない。

俺の方を向いているが、俺に話しかけている訳ではなかった。自分自身に、復讐の刃が錆びぬよう、憎しみが風化せぬように、言って聞かせているようだ。

「素晴らしい」

後部座席から、しわがれた声。

ひょこりと顔を出した後部座席の男は、禿げていて顔は痩せ細り、鋭く光る小さな目は、ハゲタカのようだった。

「私怨なれど、貴方のすることは正しい。テレポートは危険すぎる。あれの普及は、ニューワールドオーダー計画の一環。世界統一政府に向けた一つの布石なのだ」

ハゲタカの男は、鼻息を荒くして語る。

陰謀論者か……)

何という悲運か。

そこそこ広いバスの中で、なぜこんな凶人達に囲まれなければならないのか。

 「……その話詳しく聞かせてくれませんか?」

若い男の声。

通路を挟んだ向こうの席から、いかにもな好青年が身を乗り出している。

 奇妙だ。

 彼の顔に、冷笑はない。その瞳には、誠実と無垢な好奇心の光があった。気づけば、周りの席の人々も、この二人の老人に関心と同情の態度こそあれど、軽蔑の目は向けていない。

 ハゲタカの男は咳払いを一つして、話し始めた。

「テレポートは、情報通信技術の応用だ。出発地点で、対象物の構造を解析、その原子の連続を二進法の羅列に置き換えて、到着地点に送信する。そして、出発地点の対象物を6000度で瞬間焼却。到着地点に、送られた情報を元に、3Dプリンターで物質を復元させる」

「ええ、知ってますとも。私の商売仇の技術ですから」

若い男は、頷いた。

(商売仇……)

この若い男も、俺と同じような境遇の持ち主かもしれない。テレポート技術を疎むが故に、テレポートに批判的なハゲタカの男に友好的なのか?

ハゲタカの男は続ける。

「読み取られた解析情報は編集禁止とされている。……当然だ。編集すれば、転送する前の人間と、転送された後の人間は、同一人物ではない。既にいた人間を消し、新たな人間を作り出したことと同義なのだから、しかし……」

 ハゲタカの男は、高く人差し指を上げる。

「テレポート装置を設計、運営する会社のトップは、ある秘密結社の一員だ。彼らは、テレポートを利用して利用者を洗脳、否、秘密結社に都合の良い人間に作り変えているのだ!その証拠に――――」

 ハゲタカの男は、意気揚々と語った。

 身振り手振りをつけ、乗客の気持ちを煽るように。

 (ふざけた話だ)

 俺は嫌悪した。

 ネット上に広がる、創作物の都市伝説となんら変わらない。それらは、耳に入れるかどうか自由選択できるからまだ良いものの。このしわがれた演説は、否応もなく鼓膜を揺らす。

己の境遇も相まって、テレポートをこき下ろす彼の主張は、負け犬の遠吠えに聞こえる。

延々と聞かされて、腹の底がフツフツと煮え始めた。俺は、感情の共有者を求めて周囲を見回す。

 (……おかしい)

 俺は愕然とする。

 皆、男の演説に聞き入っていた。

よそ事をしたり、ハゲタカの男を睨む者は、一人もいない。

 むしろ、ところどころ頷く者達までいる。

 (俺が異質なのか?)

 否、そんな訳はない。

 現代人を時間の制約から解放したテレポートに対し、世論は肯定的だ。肯定的でない人でも、悪意に満ちたこの主張に、不快感を覚えないとは思えない。

 (居心地が悪い)

 胃の底が持ち上がり、胃液が波打つ。

 まるで異界だ。

この寂れたバスの中、密室の中、時代に逆流する思想が渦巻いている。

(まともなのは自分だけか?)

周りの人間が、自分に同調することが決してない異物に見えた。否、民主主義に基づけば、このバスにおいて俺が異物なのだろう。

 「――――――この中で、テレポートを利用しない者はいるか?」

 ハゲタカの男が問いかける。

 すると、一人、二人と手が上がり、やがて、老若男女の手の平が辺りを埋め尽くした。

 「……これは驚きだ。こんなにも同士がいるとは……」

 ハゲタカの男は、目を見開きその光景を眺めた。その口角のゆるみには、恍惚すら見て取れる。

 「……なるほど。理解したぞ」

 ハゲタカは、ほくそ笑む。

 「今日のパーティー、パーティーと言うのは名目上で、主催者は、決起集会を開くつもりなのだろう。この国にのさばるテレポート技術、それを排他するための決起集会だ。……ここにいる皆は、それぞれテレポートに対して、思う所があるのではないか?」

 肯定の沈黙。

 「皆、テレポートと戦おう!国のあるべき姿を取り戻そう!」

 ハゲタカは叫び、声は木霊する。

 チラホラと同意の声が上がり、声は重なり、やがて熱狂の渦となった。

 この上なく耳障りだ。

 

 だが、耳を塞げば、俺は異端者とされるかもしれない。……それは避けたかった。

 

 ハゲタカの推理は、恐らく正しい。テレポートに対する負の感情は、俺も持っている。本来来るはずの父は、俺以上だ。もし、父がこの場にいたなら、この狂気の熱狂に喜んで混じっていただろう。

憂鬱だった。

 ハゲタカの推理が合っていたなら、俺は、このバスの居心地の悪さを、パーティー会場でも味わうことになるのだから。

 ふと、俺は、視線をずらす。

 こんな気味の悪い乗客を運ぶ運転手に、哀れみの視線を向ける。

 目が合う。

 

 運転手は、冷たい目をしていた。

 

 人間らしい軽蔑の目ではない。

事務的な、かつて一民族の虐殺に加担した意思なき収容所の兵士のような。

 焦点は運転手の顔から、バスの前方へ。

 いつの間にか周りの田園は草原へと姿を変え、十メートル前方には、正方形の大理石の床。その四つの頂点には、ひょろりと長い鉄柱が立っている。バスは、正方形に侵入し、その中心で止まる。

 「これは……」

 絶句、そして理解した。

 俺の父親が、このバスに招待された理由。

 乗客の思想があまりに傾いていた理由。

 誰がこのパーティーを企画したのか。

 

 都市伝説は正しかった。

 

 バスの中の無辜の反逆者は、熱狂の最中、外の異変には気づかない。

 

 四本の鉄柱から、青い光が放たれる。6000度の熱は、俺達を瞬時に消し去った。

 

 

 

 

 帰りのバスの中、皆、満足げな表情。

 高級食材を使った料理、アンドロイドではない美女の華麗な舞。

 完璧なパーティーだった。ただ一つを除いては……。

 バスの中、舌打ちが響く。

 何故?

 何故だろう?

 

 何故、主催者はこんなトロい乗り物で送迎する?

 

 「テレポートがあれば、文句もないのにな」

 隣の元政治家が言う。

 「全くだ」

 後ろのハゲタカが声で同意した。