天国との通信
男は科学者だった。しかし、世間は誰一人として彼を科学者だとは認めなかった。
男は、分け入った森に住み。母と妻と同居していた。夕方になるとカラスの死骸を森から持ち帰り、金色の立方体の装置から伸びる管をそれにつないだ。そして、ある特殊な電波を死骸に注入して、その波形を確認していた。
死後の世界では、装置から出る電波と同一の物が死者の魂から発されており、死体を門にして、その電波がこの世に流れ出てくる。そして、その電波は同一の電波に当たると、共鳴して波形が変わるようになっている。男は、この仮説の元、装置を使って、つまるところの死者との交信を図っていた。
世間と他の科学者は、決して彼を認めることはなかった。彼の実験は非科学的であり、倫理観にも背いている。彼の母も、毎日息子をなびった。
ただ一人、彼を尊重してくれるのは、幼なじみの妻だった。彼女は稼ぎのない夫のため、街に働きに出て家計を支えた。金はないが、二人は仲むつまじかった。
しかし、不幸なことに、ある日、妻は流行病に倒れてしまった。男は実験をやめて働き、薬代も稼いだ。だが、その甲斐もなく、彼女は間もなく他界した。
男は絶望に暮れながらも、妻を諦めることが出来なかった。男は妻に防腐処理を施して、壁沿いのベッドに寝かし、実験装置につなぎ、妻の遺体に電波を流した。天国との通信をしようとした。
しかし、カラスの死骸と同じように、波形に変化は見られない。それでも、男は毎日電波を流し続けた。
ある日、母が「通信」の様子を目にして取り乱した。
「現実を見なさい!」
母は、金の装置を破壊した。男は虚ろな目で母を見た。そして、何も言わずに新しい装置を作り始めた。母は絶望し、何も言わずに去って行った。
1年後、妻の命日に奇跡が起こった。
装置の波形に変化があったのだ。男は喜び、妻が死んで以来初めて笑顔を見せた。男は食卓で母にその出来事を話し、母は呆れたように男の喜び様を見ていた。
それから、天国の妻は、しばしば男の呼びかけに答えた。それは、必ず夜であり、昼には決して反応しなかった。生きる希望を取り戻した男は、生き生きとして、昼には街に働きに出るようになった。
しかし、その幸せな生活も長くは続かず、男は流行病にかかってしまった。病床に伏した男は自分の死を悟り、残される母のことを思って涙した。そして、母に言った。
「僕が死んだら、母さんが昔壊した装置を修理して、僕に繋げて欲しい。それで、僕の体に電波を流してくれ。あの世で僕はそれに応えるから、そうすれば寂しくないだろう」
母は涙を流して頷き、男の手を握った。
数日後に、男は死んだ。母は、男と彼の妻を火葬して同じ墓に埋めてやることにした。
遺体を運び出すとき、壁沿いのベッドに眠る妻には、二つの管がつけられていた。それは、男の装置から伸びる管と、もう一本、穴が空けられた壁から伸びる管であった。
隣の部屋は、母の自室だった。
「息子の安らかな最期を思えば、彼の実験も無駄ではなかった」
母はそう涙をこぼし、帰らない二人を偲んだ。